lacZ
とGFPによる遺伝子発現解析
I.
レポーターによる発現解析の利点と一般的な注意点発現した蛋白質の酵素的性質や蛍光などの特性を利用し、本来の遺伝子そのものではなく、レポーター遺伝子の発現を可視化するレポーター発現解析の方法を用いることにはいろいろな利点がある.一度トランスジェニック動物を作出すれば、遺伝的に均一なポピュレーションの個体を用いて色々な発生段階や組織について網羅的に発現解析を行える.また、抗体染色や
in situ hybridizationなどの方法と異なり、発現制御に重要なシス・エレメントの構造を解析することができることや、検出感度が高いことなどもレポーター解析の利点と思われる.さらに、GFPを用いることにより、生きたままの動物を用いて経時的な変化の解析を行ったり、発現解析と並行して機能アッセイを行うことや、発現パターンの変化を指標とした変異体分離実験を行える場合もある.一方、注意点としては、コンストラクト作成時の遺伝子の構造によるアーチファクトの危険性がある.すなわち、必要なシス・エレメントが欠如した場合、実際の発現パターンとは異なる発現パターンが得られてしまう可能性がある.変異体の表現型の回復などによる機能的なシス・エレメントの範囲決定ができれば良いがいつもこの方法が使えるとは限らない.抗体染色や
in situ hybridizationなどによる発現パターンの観察との比較が有用である.また、レポーター遺伝子の存在や発現が細胞の性質を変える危険性もある.Fireらによると、germ lineで発現する遺伝子の場合、lacZやGFPはうまく発現しないらしい.また、housekeeping遺伝子も一見組織特異的に発現するなど、正確に発現しないことがあるらしく、現在のところこの方法の限界もあると考えた方が良さそうである.実験の計画の際、コンストラクトの作成法が重要であるが、基本的ないくつかのストラテジーを組合せて作成することが可能である.第一のポイントは、既存のレポーターベクターの
multiple cloning sitesに興味のある遺伝子のシス・エレメントを挿入する方法を取るか、あるいは、予めクローン化しておいた、興味のある遺伝子のシス・エレメントを含むゲノムDNAの適当な部位にGFPなどのcDNAを挿入する方法を取るかという点である.第二のポイントは、発現させるべきレポーターは本来の蛋白質との融合蛋白質として発現させるか、あるいは本来の蛋白質は発現させず、レポーター蛋白質のみ発現させるかなどである.実験を計画する場合、これらの内のどれを採用するかを実験目的に照らし合わせて検討する必要がある.例えば、lacZは細胞外に分泌されるとうまく検出できないと言われており、分泌蛋白質や膜貫通蛋白質の細胞外ドメインとの融合蛋白質にするべきではない.また、GFPはしばしば、融合蛋白質が本来の蛋白質の機能を保持出来る場合があり、積極的にtranslational fusionを作るのが有効な場合も有る.必要十分なシス・エレメントの範囲が予め決定できない場合には、実験技術上可能な長めの
DNAを入れるのが安全であろう.もし、例えば、「何かの遺伝子のホモログであるなどの理由により、ゲノム配列情報だけからスタートしてとにかく発現パターンを見てみたい」などという研究者がいた場合(今後多いと予想されるが)、一応の目安としては次のような点に注意するのが良いと思われる.hypothetical proteinのORFの上流数kb程度と、予想される最初のエクソンを含むゲノムDNA断片にGFPのcDNAなどと適当な3’ non-coding regionを繋ぐなどである.これを最も容易に行う方法は、ORFをはさんで、その5’と3’を適当な長さ加えたゲノムDNA断片をコスミドクローン、ロングPCRまたは、ゲノムライブラリー等のいずれかの方法で入手し、適当なエキソンの中にin frameとなるようにGFP cDNA(PCRで増やし、末端に適当な制限酵素部位を添加したもの)を挿入する方法である.上記のいずれの場合も線虫で行うにあたっては、ゲノムプロジェクトなどの情報を活用し、どのようにコンストラクトを作成すれば、どのような分子が発現されるはずか、あらかじめコンピュータで良く検討しておくことが望ましい.
II.
C. elegans 用のレポーターベクター線虫で多用されているのは
lacZまたはGFPをレポーターとしたベクターである.前者としてはA. Fireらによって作成されたもの(Fire et al., 1990)を使っている研究者が多く、後者としてはM. ChalfieらがFireらのベクターに改変を加えて(lacZをGFPに置き換えた)作ったもの(Chalfie et al., 1994)を使っている研究者が多いと思われる.より最近のFire labのベクターでは、lacZやGFPのcDNAの中に複数のイントロンを加えることにより、強力な発現が得られるものなど多彩な工夫を凝らしたものがあり、必要によっては、これらを使い分けることも可能である.ただし、通常のレポータープラスミドの構造上の特徴は
Fireらの記載を理解していれば良いと思われる.Fireらのベクターで多用されたのはpPD21.28、 pPD22.04、pPD22.11の3種類で、lacZの5'側のMCSの部分のフレームが3種類揃っているタイプである.5'-MCSへ興味あるゲノム断片を挿入する際に、ORFの一部を入れておいてtranslational fusionを作成することができる(どれか1種のベクターで、挿入したDNAの産物とlacZのフレームを合わせることができる).フレーム以外は3種のベクターは共通で次に挙げるような特徴を備えている.@'ATG and NLS cassette':lacZ遺伝子の5'に隣接する45 bpのDNAセグメント.transcriptional fusion用にATG配列が入っており、その後ろにSV40 T抗原のNLS (nuclear localization signal)が入っている.従って、 遺伝子産物は本来の細胞内局在と関係無く核に移行する. DAPI染色などと比較して細胞の同定が行われることがしばしばある.このDNAセグメントは制限酵素Kpn I sitesに挟まれており、ベクターをKpn Iで消化して再び環状化すると取り除くことができる.従って、translational fusionのコンストラクトを作り、遺伝子産物の本来の細胞内局在も調べたい場合にも対応している.Asynthetic intron:NLS cassetteのすぐ5'側にあります.中に存在するBstBI siteを使うことによりキメライントロンを作ることができる.B3'-end cassette:lacZの終止コドンの3'側にunc-54遺伝子の3' end (Eag I-Dra I fragment)が入っており、polyA付加シグナルが存在する.また、さらに3'側には MCSが存在する.
III.
lacZ染色(Seydoux and Fire, WBG 12, #5 (1993)より改変)A.
溶液1. 50% acetone (
毎回100%溶液をDWで希釈して調製)2. 1 M NaPi at pH 7.5
3. 1 M MgCl2
4. 100 mM K3Fe(CN)6
5. 100 mM K4Fe(CN)6
6. 25% sucrose, 0.02% SDS
7. 25% glutaraldehyde
8. 2% X-gal in DMFA (stored at -20 ?C)
9. Staining mix (
毎回調製 10 ml用):1 M NaPi 500 μl
1 M MgCl2 20 μl
100 mM K3Fe(CN)6
500 μl100 mM K4Fe(CN)6
500 μlSucrose-SDS mix 2 ml
25% glutaraldehyde 40 μl
0.5 mg/ml DAPI (in 50% EtOH) 10 μl
B.
手順1)シャーレより動物を回収:蒸留水などで洗い流して集める.低速遠心によりバクテリアなどを取り除き、
Eppendorf tubesに移す.2)
50% acetoneを1 ml加えボルテックスをかける.2回50% acetoneで洗浄し、15分以上室温でインキュベートする.3)
1 mlの staining mixで2回洗浄する.4)
200 μlの staining mixと12.5 μlの 2% X-galを添加し、室温でインキュベートする.発現量により数時間から2-3日まで程度.5)
TBSなどで洗浄し、スライドグラスにマウントし、カバーグラスをかけて観察する.明視野でlacZの染色像を観察し、蛍光顕微鏡で紫外線励起フィルタを用いるとDAPIによる核のパターンも見ることができる.
IV.
GFP染色1)
GFP (green fluorescent protein)とは?jellyfish Aequorea victoriaなどに由来する分子量26.9 kDaの蛋白質である.クラゲが光を出す場合、ルシフェラーゼまたはエコーリンなどにより「発光」し、この光を吸収したGFPが「蛍光」を発する.GFPを持っている生物は紫外線もしくは青色光を照射するだけでも光って見える.このことから、GFPは基質の必要ないレポーターとして有用である.
2)レポーター遺伝子としての
GFPの特徴−
GFPは安定性の高い蛋白質である.−蛍光性は蛋白質の酸化によって起こる
Ser-Tyr-Gly(65-67)の環状化で形成されるchromophoreによる.−蛍光を発するために基質を必要としないので生体のまま観察できる.
−弱い固定に耐えるので他のレポーター遺伝子と同様にも使用できる.
−導入生物を問わず励起光を照射すれば蛍光を発する.
−分子量が小さく、かつモノマーで機能する.
lacZのような大分子4量体に比べて拡散の障害が少ないのでニューロンのような特殊な構造を持つ細胞での使用に適している.−モノマーで機能する.他の蛋白質との融合遺伝子産物であるために構造的に会合が困難な場合でも蛍光を発する.
−分子量が小さく、細胞毒性が無いので融合遺伝子産物や細胞そのものの機能を阻害せずに使用できることがしばしばある.
−変異導入により異なる蛍光色のレポーターを作ることができるので二重染色が可能である.
−変異導入により蛍光強度の高い
GFPが可能である.−生体の状態で、細胞や組織の同定を行い、経時的観察を行う場合に有用である.
3)
wild-typeとvariant GFPs野性型の
GFPは、励起光の特性として、395 nmに最大吸収、470 nmに弱い吸収を行い、509 nmをピークとする緑色の蛍光を発する.しかし、紫外領域の励起光を照射すると蛍光が消退しやすい、蛋白質が合成されてから蛍光を発するようになるのに長い時間がかかる(時定数=2.0 hr)などの問題点もあった.TsienらのグループはいろいろなGFPの変異体を作成し、これらの問題点を解決した.その中でも、65SerをThrに置換したものが代表的である.励起光は最大吸収波長が490 nmで、510 nmをピークとする蛍光を発する.蛋白質合成から蛍光を発するまでの時定数は0.45 hrに短縮し、より早い時間経過を観察することができるようになった.また、可視光励起により、蛍光の消退速度も緩やかになっている.得られる蛍光強度は野性型の数倍程度と思われる.
野性型
GFPやS65T variantが哺乳類細胞で蛍光検出がうまくいかないことが多いなどの理由で幾つかの企業でさらに新しいvariantsが開発されている.例えば、Clontechが発売しているEGFPは、S65Tに加えて64PheをLeuに置換し、コドン使用をヒト型に置換してある.このvariantは哺乳類細胞でより強い蛍光(野性型の約35 倍)を発するが、線虫内でもS65Tより強い蛍光を発するようである.4)
GFP観察用顕微鏡とフィルタGFPはそれ自体が蛍光を発する蛋白質であるので、特別な染色の手技は必要ない.線虫で使用する場合、フィルターの性能によっては腸管の自家蛍光が強く見られる場合があり、全ての組織の観察に適しているわけではない.現在、各社でGFPの観察用に特殊なフィルターセットを用意しているようであるが、励起光としては退色しやすい紫外励起ではなく、可視光のセッティングのフィルター使用が好ましい.現在は、ほとんどの研究者がvariantのGFPを使用していると思われるので、例えば、Zeiss社が発売しているフィルターセットだとFITCなどと共通に使用できる青励起(BP450-490もしくは、BP485/20)に510 nmのダイクロイックミラーとLP520またはBP515-565のバリアフィルターをつけたものを使用する.NikonではGFP用のフィルターセットを販売しており、青励起(BP480/40)、505 nmのダイクロイックミラー、LP510またはBP535/50のバリアフィルターをつけたものがある.他社にもGFP用にいろいろな工夫がしてあると思われるが、従来のFITC用フィルターセットでは、バリアフィルターがやや長波長側までカットしてしまうのでせっかくの蛍光をやや弱くしてしまう問題があることを念頭に置き選択するのが良いと思われる.
レーザー顕微鏡を使用する場合は、励起波長は機械によって固定されているので、例えば
Zeissの機械を使用すると、Arレーザー(488 nm)で励起する.これは、variant GFPにとって都合の良い波長である.一方フィルターは幾種類かあると思われ、FITC用のBP515-565または、BP510-525などが使用できる思われる.最近、ライカから
GFP用の実体顕微鏡が発売されており、評判が良い.フィルターセットも当然のことながらGFP用に用意されており、例えば、BP480/40の励起フィルター、505 nmのダイクロイックミラー、510 nmのバリアフィルターなどがついているようである.遺伝学的解析に有用であると思われる.
V.
参考文献1)
Fire, A., Harrison, S.W., Dixon, D.: A modular set of lacZ fusion vectors for studying gene expression in Caenorhabditis elegans. Gene 93, 189-198, 19902)
Chalfie, M., Tu, Y., Euskirchen, G., Ward, W.W., Prasher, D.C.: Green fluorescent protein as a marker for gene expression. Science 263, 802-805, 19943)
Mello, C., Fire, A.: "DNA transformation" in Methods in Cell Biology 48, 451-482, 1995.4)
Prasher DC., Eckenrode VK., Ward WW., Prendergast FG., Cormier MJ. (1992). Primary structure of the Aequorea victoria green-fluorescent protein. Gene 111, 229-233.5)
Heim R., Prasher DC., Tsien RY. (1994). Wavelength mutations and posttranslational autoxidation of green fluorescent protein. Proc.N.A.S.USA. 91, 12501-12504.6)
Heim, R., Cubitt, A.B., Tsien, R.Y. (1995). Improved green fluorescence. Nature, 373, 663-664.7)
Prasher DC. (1995). Using GFP to see the light. Trends in Genetics 11, 320-323.